ホットタイフーン
2005年7月25日『台風7号の予想進路は…』
私はテレビを消した。
ヒュー…カタカタカタ…
風が窓を叩く。
ポーン…
随分前から電源をつけたままにしていたパソコンがメールを受信したことを告げる。
差出人は母。
独り暮らしをしている娘の安否を気遣った、義理だけのメール。
さすが義理の母。メールの本文も義理がかってる。
「台風が近付いてるみたいだけど、気をつけてね」
みたい、じゃなくて本当に近付いてるんだってば。
私はそう呟いてメールを削除した。
ポーン…
またメールだ。
携帯よりもパソコンのほうがメールを受信するのかもしれない。
実際、パソコンの電源を入れっぱなしにしだした日から携帯のメール受信音は一度も鳴っていない。当然着信も。
差出人は不明。
件名:泣いてない?
本文:さゆ、久し振り。明日で1周忌だね。
俺はこっちの生活にも慣れ、友達も出来た。
結構楽しくやってるよ。
ところで、台風が来るみたいだけど、大丈夫?
さゆは昔から台風が嫌いだったからね、心配だよ。
今からそっちに行こうか?
本文はそれで終わっていた。
誰だろう。
とりあえず、誰ですか、と返信してみた。
スパムにしては手が込んでる…
すると、即返信が来た。
件名:小雪だろ?
本文:こゆき、そう書いてさゆきって読む俺の可愛い彼女。
俺のこと忘れたの?
どうして私の名前のを知ってるの?
気味が悪いよ!
それに彼女って何?
そう返信した。
件名:やっぱり忘れたのか…
本文:仕方ないよな。俺が死んでもう一年経つんだし。
さゆは一生覚えていてくれるって思ってたのに…
今からさゆの家に行くよ。そうしたら俺が誰か分かるから。
…は?
もしかして時代遅れのストーカー?
でも、家に引きこもりがちで、バイトも家の中で出来るようなチャット嬢しかやってない私にストーカーなんてあるはずがない。
気味が悪いので返信をやめた。
でも、やはり気になって、返信しようとしたらインターホンが鳴った。
隆宏が生きていた頃は毎日鳴っていたインターホン。
事故死してから一年、まったく鳴っていなかったインターホンが鳴った。
カメラで確認したら…
「た…かひろ?」
「開けてよ、さゆ。外は雨と風がひどいんだ」
確かに、知らない間に外は雨が降り出し、風がひどくなっていた。
私は鍵を開け、隆宏と同じ顔の『誰か』を招き入れた。
いつもの私ならそんな無用心なことはしないが、隆宏を殺した台風への恐怖と、まだ愛してやまない隆宏への想いが容易に扉を開けさせたのだろう。
「隆宏?」
「そうだよ、さゆ。戻ってきたんだ」
「そんな筈ない。だって隆宏は去年の台風の日、仕事から帰る途中に事故に遭って死んだんだから!」
「もし、死んでなかったとしたら?」
「え?」
「もし俺が死んでなかったら?」
「そんな筈ない!だって私は冷たくなった隆宏に触れた。骨になった隆弘も見た!」
「そうだね。俺は確かに死んだ。でも、戻ってきたんだ。一年に一度だけ、俺達は戻れるんだよ」
隆宏が言うには、毎年命日前日から命日にかけて、自分の逢いたい人の所に戻れるらしい。
「本当に隆宏か証明できるものってある?」
隆宏が黙り込んだ。
「さゆ…一度死んだら記憶は殆ど消されてしまうんだ。ただ、自分と関わってた大切な人とその関係しか覚えてないんだ」
「そう…」
沈黙が続く。
私と隆宏が恋人同士だった頃はその沈黙すらも楽しかったのに、今は苦痛でしかない。
「ねえ隆宏。キスしてみて?唇は覚えてるかもよ?」
隆宏はうつむいた。
「さゆ…いや、小雪さん。ごめん」
「え?」
「俺は隆宏の弟の和宏。隆宏の一つ下の弟」
「し…知らないよ、隆宏に弟が居たなんて話」
「そうかもしれない。顔は兄と一緒なのに双子じゃなくて、考え方も正反対。俺のことが疎ましかったんだろうね」
「お葬式のとき、何で居なかったの?」
「俺もね、事故に遭ってたんだよ。その日。いつものように兄が学校まで迎えに来てくれて、そのまま事故に遭って…俺は集中治療室に居て、兄は死んでしまった。せめて葬式には出たかったけど、その時俺は意識すらなかった」
「何で今更私にメールをしたの?からかって楽しかった?」
私は怒りをあらわにした。
「これを言い出したのは、小雪さんの妹なんだ」
「希恵が?どうして希恵と和宏君が知り合うことが出来たの?」
「兄に希恵ちゃんのメアド教えたことない?」
そう言われたら…何かあったときの為、隆宏には希恵のメアドを、希恵には隆宏のメアドを教えていた。
「希恵ちゃんのメアド、実は俺も教えられてたんだ。『俺と小雪に何かあったときに、真っ先に希恵ちゃんにメールしてくれ』って。それから希恵ちゃんとは普通にメールするようになってた。希恵ちゃんが言ってたよ。まだ姉に元気がないから…って」
「そう…」
私は妹の余計なまでの優しさに涙した。
私にとっては義理の妹でしかない、そう思ってたのに、妹にとってはこんな姉でも大切な姉だったみたいだ。
同時に隆宏も、もう兄だと思っていたんだ…
「だから、希恵ちゃんを責めないで」
私はコクンと頷いた。
「和宏君…ありがとう…」
それから和宏君は私を抱き寄せた。
段々と強まる雨と風。
今年はじめての台風。
気がついたら和宏君の胸の中で眠ってしまっていた。
その日、夢を見た。
隆宏が手を振って、和宏君と私を置いていくという夢。
最後に振り返った隆宏は、清々しい笑顔をしていた。
私は目を覚ました。
そこには和宏君の姿はなかった。
外は昨日の台風が嘘のような青空。
パソコンには新着メールがあった。
差出人の名前は、和宏。
本文には携帯の番号とメアドが書かれていた。
そして最後に一言。
「俺は兄の代わりじゃない。だから、兄と違う人間だって思えたら電話して」
私はふっと笑って携帯を手にした。
隆宏が居なくなって今日で一年。
ようやく私の時間は動き出す。
私はテレビを消した。
ヒュー…カタカタカタ…
風が窓を叩く。
ポーン…
随分前から電源をつけたままにしていたパソコンがメールを受信したことを告げる。
差出人は母。
独り暮らしをしている娘の安否を気遣った、義理だけのメール。
さすが義理の母。メールの本文も義理がかってる。
「台風が近付いてるみたいだけど、気をつけてね」
みたい、じゃなくて本当に近付いてるんだってば。
私はそう呟いてメールを削除した。
ポーン…
またメールだ。
携帯よりもパソコンのほうがメールを受信するのかもしれない。
実際、パソコンの電源を入れっぱなしにしだした日から携帯のメール受信音は一度も鳴っていない。当然着信も。
差出人は不明。
件名:泣いてない?
本文:さゆ、久し振り。明日で1周忌だね。
俺はこっちの生活にも慣れ、友達も出来た。
結構楽しくやってるよ。
ところで、台風が来るみたいだけど、大丈夫?
さゆは昔から台風が嫌いだったからね、心配だよ。
今からそっちに行こうか?
本文はそれで終わっていた。
誰だろう。
とりあえず、誰ですか、と返信してみた。
スパムにしては手が込んでる…
すると、即返信が来た。
件名:小雪だろ?
本文:こゆき、そう書いてさゆきって読む俺の可愛い彼女。
俺のこと忘れたの?
どうして私の名前のを知ってるの?
気味が悪いよ!
それに彼女って何?
そう返信した。
件名:やっぱり忘れたのか…
本文:仕方ないよな。俺が死んでもう一年経つんだし。
さゆは一生覚えていてくれるって思ってたのに…
今からさゆの家に行くよ。そうしたら俺が誰か分かるから。
…は?
もしかして時代遅れのストーカー?
でも、家に引きこもりがちで、バイトも家の中で出来るようなチャット嬢しかやってない私にストーカーなんてあるはずがない。
気味が悪いので返信をやめた。
でも、やはり気になって、返信しようとしたらインターホンが鳴った。
隆宏が生きていた頃は毎日鳴っていたインターホン。
事故死してから一年、まったく鳴っていなかったインターホンが鳴った。
カメラで確認したら…
「た…かひろ?」
「開けてよ、さゆ。外は雨と風がひどいんだ」
確かに、知らない間に外は雨が降り出し、風がひどくなっていた。
私は鍵を開け、隆宏と同じ顔の『誰か』を招き入れた。
いつもの私ならそんな無用心なことはしないが、隆宏を殺した台風への恐怖と、まだ愛してやまない隆宏への想いが容易に扉を開けさせたのだろう。
「隆宏?」
「そうだよ、さゆ。戻ってきたんだ」
「そんな筈ない。だって隆宏は去年の台風の日、仕事から帰る途中に事故に遭って死んだんだから!」
「もし、死んでなかったとしたら?」
「え?」
「もし俺が死んでなかったら?」
「そんな筈ない!だって私は冷たくなった隆宏に触れた。骨になった隆弘も見た!」
「そうだね。俺は確かに死んだ。でも、戻ってきたんだ。一年に一度だけ、俺達は戻れるんだよ」
隆宏が言うには、毎年命日前日から命日にかけて、自分の逢いたい人の所に戻れるらしい。
「本当に隆宏か証明できるものってある?」
隆宏が黙り込んだ。
「さゆ…一度死んだら記憶は殆ど消されてしまうんだ。ただ、自分と関わってた大切な人とその関係しか覚えてないんだ」
「そう…」
沈黙が続く。
私と隆宏が恋人同士だった頃はその沈黙すらも楽しかったのに、今は苦痛でしかない。
「ねえ隆宏。キスしてみて?唇は覚えてるかもよ?」
隆宏はうつむいた。
「さゆ…いや、小雪さん。ごめん」
「え?」
「俺は隆宏の弟の和宏。隆宏の一つ下の弟」
「し…知らないよ、隆宏に弟が居たなんて話」
「そうかもしれない。顔は兄と一緒なのに双子じゃなくて、考え方も正反対。俺のことが疎ましかったんだろうね」
「お葬式のとき、何で居なかったの?」
「俺もね、事故に遭ってたんだよ。その日。いつものように兄が学校まで迎えに来てくれて、そのまま事故に遭って…俺は集中治療室に居て、兄は死んでしまった。せめて葬式には出たかったけど、その時俺は意識すらなかった」
「何で今更私にメールをしたの?からかって楽しかった?」
私は怒りをあらわにした。
「これを言い出したのは、小雪さんの妹なんだ」
「希恵が?どうして希恵と和宏君が知り合うことが出来たの?」
「兄に希恵ちゃんのメアド教えたことない?」
そう言われたら…何かあったときの為、隆宏には希恵のメアドを、希恵には隆宏のメアドを教えていた。
「希恵ちゃんのメアド、実は俺も教えられてたんだ。『俺と小雪に何かあったときに、真っ先に希恵ちゃんにメールしてくれ』って。それから希恵ちゃんとは普通にメールするようになってた。希恵ちゃんが言ってたよ。まだ姉に元気がないから…って」
「そう…」
私は妹の余計なまでの優しさに涙した。
私にとっては義理の妹でしかない、そう思ってたのに、妹にとってはこんな姉でも大切な姉だったみたいだ。
同時に隆宏も、もう兄だと思っていたんだ…
「だから、希恵ちゃんを責めないで」
私はコクンと頷いた。
「和宏君…ありがとう…」
それから和宏君は私を抱き寄せた。
段々と強まる雨と風。
今年はじめての台風。
気がついたら和宏君の胸の中で眠ってしまっていた。
その日、夢を見た。
隆宏が手を振って、和宏君と私を置いていくという夢。
最後に振り返った隆宏は、清々しい笑顔をしていた。
私は目を覚ました。
そこには和宏君の姿はなかった。
外は昨日の台風が嘘のような青空。
パソコンには新着メールがあった。
差出人の名前は、和宏。
本文には携帯の番号とメアドが書かれていた。
そして最後に一言。
「俺は兄の代わりじゃない。だから、兄と違う人間だって思えたら電話して」
私はふっと笑って携帯を手にした。
隆宏が居なくなって今日で一年。
ようやく私の時間は動き出す。
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